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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)661号 判決

昭和五二年(オ)第六六〇号上告人・同第六六一号被上告人

白石光生

右訴訟代理人

小野原肇

昭和五二年(オ)第六六〇号被上告人・同第六六一号上告人

日本通運株式会社

右代表者

広瀬真一

右訴訟代理人

灘岡秀親

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所へ差し戻す。

理由

一昭和五二年(オ)第六六〇号上告代理人小野原肇の上告理由第三点について

原審の適法に確定したところによれば、被上告人日本通運株式会社(以下「日通」という。)は運送業を営む者であるところ、上告人白石光生から被上告人日通岡山支店に保管されていた本件物件を福岡市所在の訴外株式会社白石電気商会宛に運送するよう委託されながら、誤つてこれを同市所在の訴外中外商事株式会社(以下「中外商事」という。)宛に配送し、同会社からその返還を受けることができなかつたため、被上告人日通の本件物件を荷受人に引き渡すべき運送契約上の債務は履行不能に帰したものである。

右事実関係に照らせば、右債務不履行は、特段の事情いないかぎり被上告人日通の係員の重大な過失に基づくものと推認すべきである。ところが、原審はなんらそのような特段の事情を認定することなく右重大な過失のあつたことを否定しているのであつて、右は審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきである。論旨は、理由がある。

二昭和五二年(オ)第六六一号上告代理人灘岡秀親の上告理由について

所論は、原審において主張がなく、したがつて原判決が確定しない事実関係に基づいて原判決を論難するものであつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

職権で調査するに、本件記録によれば、上告人日通は、本件反訴において、本件物件は中外商事の所有に属するものであり、被上告人白石はこれにつきなんらの権利をも有しないから、右物件が同会社に配送されたことによつて被上告人白石に損害は生ぜず、したがつて、右被上告人は、上告人日通から本件誤配送によつて生ずることがあるべき損害に充当すべき保証金として受け取つた金一六八万円を上告人日通に対し不当利得として返還すべき義務がある旨主張し、その支払を求めているものである。しかるに、原審は、本件物件が中外商事に配送されその返還を受けられなくなつたことは商法五八〇条一項にいう運送品の全部滅失と同視されるので、運送人たる上告人日通に同法五七七条所定の免責事由が存することにつき主張立証のない本件においては、右上告人は本件物件の引渡があるべかりし日における到達地の価格によつて損害賠償をなすべき義務を負う旨判示している。

おもうに、右五八〇条一項が運送品の価格による損害賠償責任を定めている趣旨は、運送品の全部滅失により荷送人又は荷受人に損害が生じた場合、これによる運送人の損害賠償責任を一定限度にとどめて大量の物品の運送にあたる運送人を保護し、あわせて賠償すべき損害の範囲を画一化してこれに関する紛争を防止するところにあるものと解される。したがつて、実際に生じた損害が右条項所定の運送品の価格を下回る場合にも、原則として運送人は右価格相当の損害賠償責任を負うのであつて、運送人に悪意又は重過失がありその損害賠償責任について同法五八一条が適用される場合にも、その責任が右価格により軽減されることがないのは、もちろんである。しかしながら、前記のような立法趣旨からして、右五八〇条一項は、運送品が全部滅失したにもかかわらず荷送人又は荷受人に全く損害が生じない場合についてまで運送人に損害賠償責任を負わせるものではなく、このような場合には、運送人はなんら損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である。

ところで、本件において、仮に上告人日通の前記主張のとおり本件物件が被上告人白石の所有ではなく、またまた右物件の配送を受けた中外商事の所有であるとすれば、右被上告人に損害が発生したか否かを判断するためには、更に具体的事実関係を審究することを要するものというべきである。この点について審理することなく漫然上告人日通に商法五八〇条一項の定めるところによる損害賠償義務があるものと認めた原判決は、法の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三結論

以上の次第であるから、原判決を破棄し、本件を本訴反訴いずれの請求にかかる部分についても原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 岸盛一 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨)

上告代理人小野原肇の上告理由

第一点 審理不尽〈省略〉

第二点 法令違背〈省略〉

第三点 経験則違背その他

原審裁判所は経験則に違背しあるいは証拠を無視して事実を認定しており、原判決には判決に影響をおよぼすことが明白なこれらの違法がある。

一、原判決が、商法第六八一条所定の悪意または重過失を認めうるに足りる証拠はない旨を判示し、上告人の本訴請求の一部を排斥したことは明白である。

二、ところで被上告人が、第一部上場の会社であり、“金の延棒”事件で象徴されているように、組織と規模において我国随一の運送会社であることは顕著な事実であり、同性同名あるいは類似商号のために誤送したというのであればともかく、それら特段の事情のない本件誤送が、被上告人の重過失によるものであることは経験則上明白であり、原判決には経験則違背の違法がある。

三、仮にしからずとするも、原判決が判示する証拠によると、

1 訴外藤枝一弘がその倉庫に保管していた本件レンズを、上告人が被上告人の岡山支店倉庫に寄託したこと(上告本人調書第一回三二項、四八項以下、乙第七号証の二の二枚目裏以下)

2 たまたま、本件運送物件に「荷送人中外商事株式会社」「荷受人日本通運岡山支店気付中外商事株式会社」の荷札がつけられており、また、右支店の倉庫係員が小口混載係員に「返す」と連絡し、さらに、送り状の確認のできなかつた同係員が右荷札と右連絡により返品を速断して訴外中外商事あての送り状を作成したこと(乙第一一号証一ないし二枚目)の各事実が明らかであり、前述二の事実とあいまつて、本件誤送が被上告人の重過失によるものであることは明白であつて、原判決には証拠を無視した事実認定の違法がある。

上告代理人灘岡秀親の上告理由

〈省略〉

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